スクーグシュルコゴーデン(Skogskyrkogården)は、首都ストックホルムの南、ガムラ・エンシェデ(Gamla Enskede)に位置、スウェーデンの著名な建築家エリック・グンナール・アスプルンド(Erik Gunnar Asplund、1885年~1940年)とシーグルド・レヴェレンツ(Sigurd Lewerentz、1885年~1975年)のデザインによって1918年から1940年にかけて建設されたストックホルム近郊の森林墓地。
ヴィスビュー(Visby)は、スカンジナビア半島の東、首都ストックホルムの南約190km圏内、バルト海に浮かぶスウェーデン最大の島ゴットランド島(Gotland)に位置、スウェーデン21自治体(län)の一つ、ゴットランド島(Gotland)、フォレー島(Fårö)及びいくつかの小さな島で構成されたゴットランド県(Gotlands län)の行政府所在地であり、スカンジナビアで最も保存の良い中世都市の一つとして知られています。
ストックホルム郊外にあるスクーグシュルコゴーデン(森の墓地)は、ストックホルムで大きな墓地を建設するため、建築設計コンペで入賞した建築家エリック・グンナール・アスプルンドとシーグルド・レヴェレンツの二人によってデザインされた共同墓地。
北欧の近代建築の礎を築いたスウェーデン建築家二人によってデザイン建設された森の墓地は、静けさを鼓舞する森林地帯に構築され、礼拝堂と地下の火葬場、緑に植栽に溶け込む約50,000の墓石、死者の魂を抱擁する十字架など、北欧の自然に溶け込んだ建造物の存在は、後の墓地建設に多大な影響を与えています。
英語表記:Skogskyrkogården
所在地:ストックホルム N59 16 32.016 E18 5 57.984(緯度 経度:度分秒)
登録基準 (ii)(iv) 1994年登録
ヴィスビューの歴史は、バルト海を横断する前に、島に寄港したバイキング時代にさかのぼり、中世に入ると、バルト海沿岸地域の商業活動を独占、北欧の経済圏を支配したハンザ同盟の拠点都市として成長、王国再興のため、領土拡大にまい進するデンマーク王ヴァルデマー4世(Valdemar IV、1320年~1375年、在位:1340年~1375年)は、1361年が、スウェーデンの都市近くに軍と共に上陸、ヴィスビューの周囲には城壁があったにもかかわらず、農民と市民軍だけの抵抗でデンマーク軍に敗北を喫し、一時期占領された歴史的経緯があります。
ヴィスビューの歴史的建造物に、ヴィスビーの輪壁(Visby ringmur)と呼ばれる、町を取り囲む高さ11m、3.4kmの城壁と古い教会の遺跡が残存します。
英語表記:Hanseatic Town of Visby
所在地:ゴットランド島 N57 38 30.012 E18 17 44.988(緯度 経度:度分秒)
登録基準 (iv)(v) 1995年登録